供養の寺として

私たちが今ここにいるのは、父と母がいればこそ。

その父母にもまた父と母がいて…と、さかのぼれば数え切れないほどの先祖の存在があってこそ、今の自分 があるのです。その先祖たちの誰一人が欠けても、今の私という存在はこの世にありません。そのことだけを考えても、先祖に感謝し、先祖を供養する心を大切 にしなければならないことに気づかされます。
それはまた、親を大切にする心にも通じるものです。
よく「孝行したいときに親はなし」といいます。お年寄りにとっては、どんな高価な贈り物よりも、心のこもった一言がうれしいものです。
私たちはよく、家内安全、無病息災、商売繁盛などと、神仏に祈ります。しかし、神仏への祈りの根本 にあるの は、先祖を大切にする心でなければなりません。土台である先祖供養の心をどこかへ置き忘れて、自分の都合だけを願っても叶うものではありません。今の自分につながる先祖への供養の心を大切にすることによって、道は開けていくものです。
長勝寺の本尊は阿弥陀如来です。阿弥陀様はそう教えてくださっているように、私には思えます。

合掌